耳納山麓との出会い——イタリアの風景が原点
——ここでオリーブを始めたきっかけを教えてください
元々、出張族だったんです。久留米に家はあったんですが、仕事で動き回りすぎて、体を壊してしまいました。「このままでは死んでしまう」と思ったのが正直なところです。そこで、「地に足の着いた仕事をしていかなければ」と感じるようになりました。そこで農業に目が向きました。自然の中で生活するというのが、すごく魅力的だったんです。海外出張に行っていたとき、特にイタリアの小さな村を訪ねると、オリーブやハーブが一帯の風景となって、集落全体が美しく仕上がっているんですよね。それがすごく印象的で。「ああ、こういう景観をつくれたらいいな」と漠然と思っていました。その感覚が、この耳納山麓の風景と重なりました。イタリアの村で感じた美しさと、ここの自然の佇まいが、自分の中でぴったりイコールになったんです。

——ヨーロッパの田舎と日本の田舎は、何が違うと感じましたか?
イタリアやスペイン、フランスの田舎って、どこに行っても「ロケーション」がすごいんです。建物は石造りで勿論、素晴らしいのですが、それだけじゃなくて、田舎なのに景観が整っている。日本の田舎と決定的に違うのはそこで、人々の暮らしぶりは変わらないとしても、「田舎力」の一つとして、ヨーロッパはロケーションの力が際立っている。

そしてその景観が、建物や農産物、特産品を生み出す土台になっているんだと感じました。だから、この耳納山麓にオリーブとハーブを中心としたロケーション型の農業をつくれたら、人が集まってくる——特に女性を中心としたお客様に喜んでもらえるんじゃないかと。それがスタートです。

4度の移転を経て、今の場所へ
——今の場所に落ち着くまでには、いろいろ苦労されたとか?
長かったですよ(笑)。農業を始めて、畑は山本周辺に確保できたんですが、加工場や店舗はすぐにはつくれない。一次産品を販売するスタイルではないので、拠点が必要だったんです。最初はマンションの一室を借りて事務所にしていました。次に、ビル一棟を借りて——1階が店舗と加工場、2階が作業場、3階が休憩所という形で2年ほど。その後、千光寺のすぐ下にある白い建物に移りました。メインの道路も整っていて、すごく雰囲気があった。周辺の畑も借りて、あの界隈を中心にやっていこうと考えていたんです。ところが、地主さんに「ハーブなら植えてもいいけど、木を植えたら難しいね」と言われてしまった。そうして悩んでいたときに、草野界隈のお客様から「6年ほど空き家になっている物件がある、見てもらえないか」と声をかけてもらいました。入口は草に覆われて、入るのも難しい状態でしたが、建物はきれいだった。ロケーションも申し分ない。「ここなら自分のイメージする場所がつくれる」と確信して、2018年に購入して移ってきました。ここが4か所目です。
コロナ禍が、磨く時間をくれた
——2019年にお店を開けて、2020年にはコロナになってしまう?
そうなんです。2019年の春4月からオープンして、2020年からコロナ禍に、それから、3年半ほど何もできませんでした。逆に言えば、その時間が蒸留の技術を深める期間になりました。蒸留器を1台だけ購入して、裏の小屋の一室を改装して、一人でひたすらトライアンドエラーを繰り返していました。庭を整備しながら、栽培したものを蒸留して、また試す。孤独といえば孤独でしたが、とにかく必死でしたね。売上はほぼなかったので、正直しんどかったです。
コロナが明けてから、こちらの建物を少し改装して「蒸留体験」の場として整え、昨年、体験モニターを入れて、価格や内容についてアンケートをとりながら検証してきました。今年、いよいよ本格スタートです。

——コロナ禍の後悔はありましたか?
正直、あの期間にネットでの情報発信をちゃんとやっておけばよかったと思っています。私はもともとSNSが得意な人間ではなかったので、そこは後悔ですね。ただ、あの時間があったからこそ、蒸留の技術が確かなものになった。それはよかったと思っています。
「香り」の時代が、ついてきた
——モニター体験は、どんな手応えがありましたか?
香りへのニーズが、確実に高まっていると実感しました。来てくださった方が、みなさん口をそろえて「気持ちいい」「なんか、心が軽くなった」とおっしゃるんです。年齢に関係なくです。それと、最近、天神のビルも香りのショップが増えたと聞きますよね。有名大型店舗でも、お香やアロマ関連を広げている。正直、合成の香料も多くて「本物」とは言い切れないんですが、市場が香りを受け入れ始めているということは、ありがたいことなんです。一度ブームになって、少し廃れる頃に、「本物の香りとは何か」という選別が起こります。そのタイミングで、県産・自家栽培・自家蒸留の香りをちゃんと届けられる場所としてここが知られていれば、という計算もあります(笑)。
ターゲットは、香りに本音で向き合える人
——どんなお客様に来てほしいと思っていますか?
9割以上が女性です。年齢は関係ありません。自然派志向の方だけでなく、都会でクリエイティブな仕事をされている方、一般の主婦の方も、来られると共通して「気持ちいい」「解放された」とおっしゃいます。もう一つのターゲットとして、男性の50代以上と、20代の若い方も意識しています。20代は香水へのこだわりが強く、財布の紐は締まっているけれど、「いい」と思ったものにはお金を使う世代。香りへの感度が高いんですよ。個人的に「おやじのアロマ」というコンセプトも考えています(笑)。50代以上の男性が香りについて語り合いながら、自分でブレンドして、職場に行ったら「部長、今日いつもと違う香りがしますね」なんて会話が生まれる——そんな体験ができたら面白いと思っています。

草野を「香りのまち」に
——今後の構想はありますか?
この萩原オリーブだけではなくて、草野のまち全体を「香りの街」にしていきたいと思っています。その場所のイメージで作った香りを置いてもらって、香りを手がかりに散策するルートをつくる。今年は情報発信を積極的にやりながら、体験人数150名を目標にしています。平日は婦人部や子供向けのワークショップも取り込んでいく予定です。地域の方々と連携しながら、ゆっくりと、でも着実に動いていきたいですね。
素材が全て——収穫の時間にまでこだわる
——栽培や収穫でこだわっていることはありますか?
実は、香りが最も立つ時間帯というのがあるんです。これは失敗から学びました。農業を始めて3年目ごろ、レモングラスを収穫してお茶にしていたんですが、ある時から「香りが弱い」というものが出てきた。調べてみると、雨の翌日や曇りがちな日に収穫したものでした。天候と時間帯が、香りの立ち方に大きく影響していたんです。それ以来、私はレモングラスは晴れた日の11時から14時の間しか収穫しません。収穫当日に洗浄・乾燥機に入れて、翌日には仕上げる工程です。栽培方法、土の栄養分、収穫時の気温と時間——そのすべてが香りの質を決めます。栽培は仮説の連続で、1回の失敗で1年が無駄になることも珍しくない。でもそれがまた、この仕事の醍醐味だと思っています。
五感で感じる場所へ——ここにしかない体験を
——この場所で、どんな体験を提供したいと考えていますか?
ここに来てもらって、その人の五感に触れるようなことができればいいと思っています。香りだけでなく、アーシング—素足で大地に触れることで心身を整える自然療法—を楽しんでもらったりとか。以前、ある方が「ここはソロキャンプにすごく向いているよね」とおっしゃっていて、なるほどと思いました。そういった場の提供も、タイミングを見ながらやってみようと思っています。飲むこともできるし、ここの素材を使った食べ物の提供もできるようにしています。

外に出るとハーブに直接触れることもできる。だから、自分の五感すべてを体験できる場所にしたいんです。ただ、私自身はあまりバタバタと動き回りたくない。来てくださった方が、自分で感じて、自分のペースで過ごせるような場所。それぞれが思い思いに時間を使えるプログラムができると理想的だなと思っています。
公園でも美術館でも畑でもない——空間づくりの課題
——空間のデザインについては、どうお考えですか?
庭から畑へ入る動線の作り方、植物の説明の仕方、造形物や美術的な置物の配置——まだ自分自身もピンときていません。公園でもない、美術館でもない、でも畑でもない、そういう場所にしたいんですよね。その表現がまだ見えていないので、デザイン力のある方と一緒に考えていきたいと思っています。ここで五感を働かせていると、きっとしっくりくるものが見えてくると思っています。造形物のアイデアなど、自由に「妄想」を持ち寄ってもらえると嬉しいですね。

萩原オリーブ
住所:久留米市草野町矢作711-1
電話:090-7449-0616

