久留米の歴史というと、久留米藩の歴史、もしくは軍都久留米、BS(ブリヂストン)等昭和の歴史を想像する人が多いようです。それ以前については、さほど光が当たることはありません。
耳納北麓は中世の久留米の中心地。久留米における武士の歴史は、ざっくり言うと、有馬氏が作った篠山城・江戸文化と、草野氏が作った耳納・中世武家文化と2つに分かれます。ここ、草野歴史資料館は中世武家文化が非常にわかりやすく理解できます。時代区分で言うと、鎌倉・室町・安土桃山時代です。

さらにここには、筑後の人にはなじみの深い高良大社、大善寺等の神社仏閣の縁起絵巻もあり、その成り立ちもよく理解できます。この耳納エリアで最も古いとされるお寺、観興寺は、650年創建と伝わっているといいます。正直にいうと、「これ本当?」と思いました、すいません。仏教伝来が538年、それから耳納北麓に約100年で仏教が定着していたことになります。「九州最古のお寺」と言われている筑紫野市「武蔵寺」は、建立が定かではありませんが、飛鳥時代(592~710)奈良時代(710~784)らしいですから、観興寺も九州最古といってもいいくらいに古いお寺です。観興寺では、奈良時代の瓦が出てきていますので、相当の古さであることは間違いないでしょう。
千光寺さんといい、観興寺さんといい、すごいお寺なのに、控えめなところが耳納流。もっと大きな声で「すごいぜ!」と言っていいと思いますが、誰も言わないので私が変わって宣伝します。「耳納はすごいぜー!」
この耳納とはちょっと離れますが、鬼夜で有名な大善寺も神宮寺としての創建は672年と相当に古いお寺です。この辺りは、やっぱり九州一早く仏教が定着したエリアと言ってもよさそうです。
忘れてはいけないのが、この資料館の建物そのもの。明治時代の草野銀行本店あとをそのまま使っている木造建築。日本の銀行創生時代には栄えていた地であることは間違いありません。ここ草野は、江戸時代は日田と久留米を結ぶ宿場町の一つであったこともあり、当時の面影を残している建物も少なくありません。平成11年には、草野歴史資料館は国の登録文化財に指定されています。

そう、そう。ここの入館料、2022年の4月から無料となりました。これだけの贅沢な資料と建物を無料で堪能できるとは!今回は、小西さんに案内してもらいましたが、次回以降、少し専門的かもしれませんが学芸員の方にもお話を伺ってみます。「レキ男・レキ女」の皆さん、ここは中世の九州が理解できる貴重な場所です。そうでない方にも頑張って歴史の面白さを伝えていきます。

歴史は、壮大な人物ドラマだ!
