耳納の酒蔵と言えば「若竹屋」。創業は、元禄12年、1699年!赤穂浪士の討ち入りが1702年だから、その歴史がどれくらいものなのか想像してほしい。
若竹屋を訪れると、元禄蔵に案内してくれる。外壁を見るだけで歴史の経過が感じられる。やや低めの入り口は、当時の人の身長が今よりも低かったためだろう。

若竹屋を訪れると、元禄蔵に案内してくれる。外壁を見るだけで歴史の経過が感じられる。やや低めの入り口は、当時の人の身長が今よりも低かったためだろう。


入り口の正面に立つと、吸い込まれていきそうな感じがする。行先は、320年前。蹲(つくばい)の水の音が、今が令和の世の中であることを思い起こしてくれる。では、いよいよ元禄蔵の中へ。


蔵の中は、お酒が仕込まれている大きなタンクと、酒樽を利用したテーブルが中央に置いてある。なかなか見ることが出来なくなった三和土(たたき)も美しい。試飲ができるコーナーがあり、ここでお気に入りのお酒を見つけることも、お酒ごとの違いも味わうことが出来る。さらに奥に行くと、若竹屋の歴史を感じる資料が展示してある。明治38年の酒類小売帳や、かつて使われていたと思われる木桶や、陶器製の酒徳利と若竹屋の歴史そのものだ。(現在、コロナのため試飲会は中止中)
酒造りに必要なものは、水とお米。そして、人の知恵。自然と人との共同作業そのものだと思う。14代目の代表林田伝兵衛浩暢に伺った。

「水は、耳納連山からの水を使っています。ミネラルが豊富で水量が豊かですから、枯れたりすることなく初代のころから同じ水脈を今でも使い続けています。お米は生産農家さんに山田錦を作ってもらっています。このお米は、手間がかかり作りにくいお米なんですけれども、納得のいくお酒造りには欠かせません。」
若竹屋の家訓についても伺うことが出来た。「若竹屋は先祖より受け継ぎし商いにあらず、子孫より預かりしものなり」お聞きしたかった家訓。
「技術やお客様は保守的に受け継いでいるものではなく、常にお客様のご要望に応え革新すべきものだと思います。伝統というのは、常に変革し、革新し続けていくものであり、自己変革し続けていた結果だと思います。田主丸の自然環境、お米の生産農家の方々、販売店の方々、若竹屋をご愛好いただいているお客様と共にお酒を世界へ発信し続けていきます。」
子孫から預かった耳納の自然を生かした酒造り。秋の夜長にいかがだろうか。
若竹屋酒造場
住所:〒839-1233 久留米市田主丸町田主丸706
電話:0942-47-2175
HP https://wakatakeya.com/
